真実は心の中にーソクラテスとプラトンー

真実は心の中にーソクラテスとプラトンー

哲学を知らなくても、ソクラテスとプラトンは、名前くらい知ってる。
少し世界史をかじっていれば、「無知の知」とか、「毒ニンジン事件」

しかし、なぜ、ソクラテスとプラトンは有名なのか。
それは、人類史において、決定的な、思考のパラダイムシフトを起こしたからだ。

彼らの、”しでかした事件”を、知る為には、
ソクラテス・プラトン登場前夜のギリシアの状況を、まず知る必要がある。

紀元前6世紀前後、ギリシアは、隆盛を極めていた。アテネやスパルタをはじめとする
すると、そこで現地のアフリカの文化や、アラブの文化に触れることになり、
ギリシア人は、ゼウスは、世界中の人が当然信じていると思っていた。
だって、「全能の神」なんだもの。

・・・うーむ、ゼウスってのはどうやら、ギリシアでの、特殊な神話に過ぎない・・・

ギリシア人はそう気づいて、地元民と分かりあうための、「共通の土俵」を作ろうと思った。
だから、信じている宗教や民族、住む場所や年齢、性別や地位・・・に関わらず、
「正しい」と思えること、を見つけようとしたのである。

哲学の目標が、ここに出来上がった。
「誰もが、いつ、どんな時でも、共有できる、正しいことや本当のことって何?」
この「誰もが、いつ、どんな時でも、共有できる、正しいことや本当のこと」を
「原理」と呼ぶ。ギリシア人は、みんなで、この「原理」を探し始めたのだ。

移ろいゆく風景や、日常、神話や伝承、全ての中で、ぶれないモノ、変わらないモノ・・
目の前のセカイを創っている、普遍的なモノって何?原理とはなんだ?

最初の哲学者と言われている、ターレスはそれを「万物の根源は水」だといった。
水は姿を変え、万物に姿を変える・・・万物は水からなっているに違いない・・・
彼こそが、はじめて、「原理」によってセカイを説明しようと試みた哲人である。

デモクリトスは、「原子」だといった。
(この時代に、セカイが「原子」という極小の粒子によって構成されている・・・
という知見を持った人物がいたことは、奇跡である。原子の発見は、20世紀である)

この様に、皆さん、様々なモノが、「原理」だと分析したわけです。
・・・が、しかし、意見は一致は見なかった。
名の知れた大賢人が議論を戦わせても、結論が出ない・・・原理なんてホントにあるの?

そこで、満を持して登場するのが、ソクラテスとプラトンである。
紀元前5世紀のことだ。彼らは、なんと言ったのか。

まず、ソクラテスは、
「人間は、人間の知性の限界までしか、セカイを知ることはできない」
という事実を宣告した。
それまでは、人間の万能の知、歪みも偏りもない知性を前提に話が進んでいたわけだ。
しかし、ソクラテスは、人間の知識、思考力、限定された知性によっては、
「セカイの本当の姿」なんて、辿り着けるわけないだろう・・・と気がついた。

プラトンはさらに、それを進めるた。
「観察している人間の心、観察者こそが、原理である」
つまり、人間の知性(精神や思考)の構造そのものが、セカイの在り方を決める。
「どうあるか」ではなく、「人間の目には、どう映っているか」だけが、
僕らの、考えられる範囲である。
「セカイそのもの」ではなく、「人間の目にうつったもの」だけが、僕らのリアリティである。
だから、リアリティとは、人間の知性によって、決まる。

・・・これ、とんでもない話。
だって、みんなが、必死に探していた、セカイのどこかにある「原理」が、
「人の心の構造が、原理を創っているに過ぎないのよ」と喝破してしまったのだ。

セカイの側には「普遍の原理」などない。
それは、あくまで人間の心の構造が「原理」として、「捉えたモノ」に過ぎない。
だから、人間の精神が、いかに「普遍の原理」を創り出すのか・・・そこを考えよ。
人間の「心」だけが、リアリティの源泉なのだから。

ギリシア人が、一同がびーん・・・となったかは、わからない。
なぜなら、あまりに先進的なこの意見は、その後16世紀のデカルトの登場まで、
「なかったこと」になってしまうんだから。

しかし、まったく同じ時代に、ギリシアから遥か離れたインド亜大陸でも、
同じことに気がついた天才がいた。
その天才の名は、ゴータマ=シッダールタ。もちろん、後の釈迦である。
ウパニシャッドとして知られる思想を、換骨奪胎した彼の思想は、発展を続け
「人間のこころの構造分析」の極地、東洋哲学が花開いていく。

さて、ソクラテスとプラトンによって掲出された、この指摘は
まさに、現代的と言っていい。

自分の生きている目の前の現実は、
それを認識し、解釈し、意味を与えている自分によって、
リアリティを与えられている。

自分の「精神(こころ)」が、自分の「現実(リアリティ)」を決める。

彼らの指摘は、デカルトを経て、西洋哲学の王道に回帰し、
2500年後の僕らを、未だに揺さぶり続けるのである。