乳房とミルクと赤ちゃんの口
赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸いながら至福の瞬間を味わっている時、そこにあるのは、一続きの「機械」です。 ・・・乳房ー乳首ー唇ー舌ー喉ー胃・・・ 乳房は、赤子の口と連結されることで「意味」を持ちます。赤子の口を除いた「授乳」は存在しません。この瞬間、母子はひとつの「機械」として一続きの文脈(コンテキスト)を形成しています。乳房は授乳の「ための」道具です。 ・授乳機械=・・・乳房ー乳首ー唇ー舌ー喉 […]
赤ちゃんがお母さんのおっぱいを吸いながら至福の瞬間を味わっている時、そこにあるのは、一続きの「機械」です。 ・・・乳房ー乳首ー唇ー舌ー喉ー胃・・・ 乳房は、赤子の口と連結されることで「意味」を持ちます。赤子の口を除いた「授乳」は存在しません。この瞬間、母子はひとつの「機械」として一続きの文脈(コンテキスト)を形成しています。乳房は授乳の「ための」道具です。 ・授乳機械=・・・乳房ー乳首ー唇ー舌ー喉 […]
人は、困難に向き合った時、その原因を探します。例えば、些細なコトから、相手を怒らせてしまった・・・ どうしてだろう?いつもは、怒らないのに・・・そうだ・・・この間、約束を破ったから、そのことをまだ根に持っていたんだ。なのに、また直前にキャンセルをしてしまったんだ!そうか、「だから、相手が怒るのも、当然なんだ。 ・・・こんなふうに、「なぜ?」が解けると、僕らは、落ち着きます。もちろん、「やってしまっ […]
自分が眺めているセカイは、自分だけが見ることができる風景であり、自分のしている体験は、 自分だけが、味わうことができるモノです。 誰も「僕」を生きられないし、僕も「誰か」を生きるコトは、できない。自分の出会った体験や、出来事の素晴らしさ、その意味や意義を、 知ることができるのは、自分だけ。 だから、自分の体験が、どんな手触りで、 どんな匂いがして、どんな味わいだったのか、 どんな学びを、どんな気づ […]
セカイは線対称です。 僕らは、相手を愛する時、同じだけの深さで、自分を愛します。相手を批判する時、同じだけの厳しさで、自分を否定し、相手を無視する時、同じだけの冷たさで、自分を無視している。 人を愛するという経験は、自分の中にある美しい部分を、相手の中に見つけてそれを愛するという経験です。人を憎むという経験は、自分の中の、「ある部分」が嫌いで、否定したくて、相手の中にある「その部分」を、見つけて、 […]
昨日、会社に勤めていた頃の同期と久々に会った。彼女は、とてもユニークな人で一目置いていたのだけど、また、ひとつ、教えてもらったので書き残しておきたい。 趣味がダイビングだと聞いた僕が大きなサメが来たら怖くないのかと尋ねると彼女は笑いながら「全然、怖くないよ。怖いのは、運命に、身を委ねていないからだよ。私は、道を歩いている人の方が、むしろ怖いと思う。変な人に殺されるより、大好きなサメに殺された方が、 […]
愛って何?、人生って何?友情って何?この世界には、たくさんの定義があり、たくさんの意見があり、たくさんの解釈があります。けれど、なんとなくの「合意」の存在を前提にし、僕らは、自分の気持ちを伝えるために、「愛してる」と口にするわけです。 言葉にするコトは、自分の気持ちに「輪郭」を与えることです。ぼやーっとしている感覚・・・あなたと一緒にいると、うれしいな。見ていたいないつも元気でいて欲しいな・・・あ […]
豊かになるため、幸せになるため、夢を実現するためのノウハウが巷に溢れています。確かに、豊かで、幸せで、自由なハッピーライフの実現は、人生の大きな目的であろうと思います。しかし、僕は、人生とは本当に「それだけのモノ」なのだろうか?と感じてきました。 僕にとって人生とは、真理を学ぶ旅路です。 生きるとは何か、愛とは何か、善いとは何か? 自分はなぜ生きていて、人はなぜ存在しているのか? 自分が生きる目的 […]
最も、深い心のブロックのひとつが、罪の意識、すなわち罪悪感です。心の深部にある罪の意識は、自らが幸せになることを、禁止しています。罪悪感をいかにして、解放していくのか・・・そのためには、まず向き合うことです。 まず、そもそも、「悪」とは何か、「罪」とは何かについて、考えてみましょう。それは、「善・悪」を定義することに他なりません。まず、結論から書いてしまいます。 善とは、・自らの行為の責任を、引き […]
僕は、無意識に、信頼とは「相手の全てを知ること」だと思っていました。相手の全ての側面を、全ての気持ちを、全ての過去を理解すること。それが、信頼につながるのだと。 でも、それは、信頼ではなく、所有でしかない。所有することによる、安心でしかない。最近、ようやく、それに気がつきました。 信頼は、時間をかけて育む・・・そう思う人もいるでしょうし、多くの場合、そうなのかもしれません。しかし、出会った途端、相 […]
僕らは、「状況」に身を置いていると、その「状況」や「その中に居る自分」を俯瞰的に見ることができません。 その状況の一歩外に出ると、はじめて、その状況を外から眺め、その素晴らしさや、学びを得ることができる。だから、俯瞰的に見ましょう・・・という話ではありません。その日は、必要なタイミングでやってきます。やってきてしまう。 ある日、俯瞰的に「自分のいる場所」を眺める日がくる。そんな風に眺めている自分に […]