気づくだけで、すべてが変わっていく

気づくだけで、すべてが変わっていく

必要なことは、ただ、気がつくこと。
それだけなんだよね。

失った後に、その大切さに気がつく、
平穏な日々にあった、幸せに気づく。
それは、あった。
けど、それに気がつかなかっただけ。

同じように、僕らは、今、自由なんだ。
僕らは、完璧に自由で、完全に自在なる今日を生きている。
今という瞬間、どこで誰と何をしているか、
それは自分が自分の意思で選択したことだから。

振り返ってみると、
あの日、あの時、僕はあなたは、完全に自由だった。
守らなくてはならないと決めていた約束もルールも、
逆らえないと思っていた人たちも、
踏み外したら終わりだと思っていた道も、
すべて、なんの力も持っていなかった。
自分が、絶対だ・・・と信じていただけ。

自分が、それを逆らえないものだ、
守らなくてはいけないものだと、信じる力が
自分をそこに縛り付ける力だ。

家族?仕事?ルール?常識?自分のイメージ?
「守らなくてはいけないモノ」だと信じる強さが、
自分に課される試練の難易度を決める。
人生のハードルの高さを決めると言ってもいい。

自分が巨大な壁を作って、乗り越えられない・・・と嘆いている。
それが、「悩み」というモノの本質だ。

そうそう、僕は見事なO脚なんだけど、
中学生の頃、それが恥ずかしくて、絶対に気づかれまい・・・としてた。
もちろん、この世界に、僕の脚の形を気にしている人は皆無で、
本当にどうでもよいことだったわけだ。

だから、悩みを解決するのは、無理だよ。
なぜかというと、それは、そもそも解決すべき問題じゃないから。
O脚で悩んでる人が、脚をまっすぐにしたら、悩みは解決される?
翌日には、脚の長さに悩み、背の低さに、頭の大きさに悩むよ。
悩みって、解決する意味も必要性もないんだ。

問題は、それを問題だとして扱っている限り解けない。

それは、個人的な悩みも、人間関係も、社会問題も同じ。
そのレベルで考えている限り、解決しようとするほどに、
問題が強化されていくことになる。

だから、次数をあげるしかない。
エスカレーターに乗って、次の階にいくしかない。
それが「気づく」ってこと。

それは難しいことじゃない。
自分の心が、感情が、身体が、何を感じているのか
どんな風に動いているのか。
耳を澄ますこと。
そこから始めていけばいい。

進んでいくよ。きっと驚くほどのスピードで。
生きることの意味が、変わってしまうだろう。
いつの日か、自分の周りの風景が全く違っていることに気がつく。

そして、あなたは言う。
「必要なことは、ただ、気がつくこと。それだけなんだ」と。